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消費するということ [雑記]

しょうひ【消費】
( 名 ) スル
①物・時間・エネルギーなどを,使ってなくすこと。 「時間を無駄に-する」
②〘経〙 欲望充足のために,生産された財貨・サービスを使うこと。
大辞林 第三版より

消費を辞書で引くと以上のような解説が載っていた。

現在は消費型社会であり、企業が生産したものは最終的には消費される。
そんな世の中である。

ところで、皆さんは「消費」という言葉をどのようなときに使っているだろうか。
たとえば、撮っておいたアニメを消費した。という言葉が使われたとき、どのように感じるだろうか。
アニメやドラマなどを、なんとなく観て特に感想を抱かずしまいこむように聞こえはしないだろうか。

私は、消費するという言葉はあまり好きではない。

アニメもドラマも娯楽作品だ。そんなに一生懸命に観るようなものではないかもしれない。
しかし、それを制作するには、かなり多くの人が関わり、手間をかけ、作品として世に送り出されたものだ。

中にはくだらないものも多かろう。
それでも、かなりの手間がかけられているはずだ。
やはり、どんなものであっても作品は作品だ。
自分の心境に合わないとか、今はそういう作品が観たいわけではないとか、眺めて終わっただけの作品もいろいろあるだろう。

すべての作品を鑑賞するというのはかなり大変だし、疲れる。
でも、私はこの鑑賞するという態度は必要なのではないかと思うようになった。

深夜アニメを例に挙げてみると、各クールごとに面白いと思う作品は結構ある。
逆に、言い方は悪いが、つまらないものもある。
ここら辺は、観る人によって変わってくるところだと思うし、趣味に合う合わないは個人の感覚によって違うことだろう。
要は好き嫌いの世界であり、制作されたものがダメというわけではない。
そこにあるのは、善悪ではなく、好き嫌いという個人的な感覚にゆだねられているのだ。

アニメでも映画でもドラマでも、何らかの主題があり訴えたいことがある…と思う。

それをとらえたとき、人間は少し成長するのだ。

よい作品は、人を育てる。

これは私の個人的な考えだが、人はなんらかの文化と対峙しそれを受け入れたとき、少しだけ心や考えが成長する。
消費するだけではもったいないではないか。

逆の言葉に代えてみると、よい観客は作品を育てる。とも言える。

制作側と消費者は同じ作品を通して、成長し合うものなのだ。

だが、アニメなどのコンテンツは、消費されることを目的に作られているものも多い。
商売なのだから仕方ないのだが、それもなんだか悲しい。

結局なにが言いたかったのかというと、よい作品を観たいということである。
そして、作品を通して私も成長したいし、制作側にも成長を促したいということだ。

観る人、作る人が互いに高め合う。
そういうスタンスがコンテンツ業界を育てるのではないだろうか。

そうすれば、なんだか互いに幸せな関係が築かれる。そんな気がするのだ。



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